演奏曲を語る②

こんにちは。
いよいよ定期演奏会を次の日曜に控え、団員一同、緊張とワクワクが高まっております。

先々週には、司会者さんとステマネさんを交えた通し練習を行いました。

本番ではないのに、何故かいつもより緊張してしまう、通し練習。
気分転換にもう一枚写真を撮りました。

こちらは今回の演奏会の一部で使用する締太鼓です。
なんの曲を演奏するか、お楽しみに。


今回は、一部の最後にお送りする「エルサレム讃歌」について、ちょっと書き連ねたいと思います。
※結構長くなってしまったので、今のうちにトイレに行っておいてください。

この曲は、吹奏楽界の巨匠アルフレッド・リードが、復活祭の聖歌を題材にして作曲しました。
曲の詳しい説明は当日司会の方がしてくれるので良いとして(良いの?!)、ここでは、そもそも「復活祭」ってなんで始まったの、というところを確認していきましょう。

復活祭とは、キリストの復活を祝うキリスト教の伝統的なお祭りです。
近年は、キリスト教ではない日本にも「イースター」という呼び名で、楽しいお祭りとして浸透しています。

キリストと言えば、十字架に磔(はりつけ)にされて処刑された後、三日目に復活したという話が有名ですね。
では、なぜキリストは処刑されることになってしまったのでしょうか?

1.ユダヤ教に背く者

キリストは、30歳の時にヨハネから洗礼を受け、宣教活動を開始します。
主に宣教活動を行っていた場所は、ユダヤ人の土地です。
キリスト自身もユダヤ人として生まれましたが、当時のユダヤ教は細かいルールを守ることに囚われ、貧しい人や病気の人を「ルールを守れない罪人」として見捨てる風潮がありました。
それに疑念を抱いたキリストが、「歪んでしまったユダヤ教の教えを、本来の正しい姿に戻す」という目的で宣教活動を開始したのです。
そしてその新しい教えの内容というのが、

・ルールを守るより、人を愛することが大切だ
・私は神の子である
等々

というようなもので、端的に言えばユダヤ教の教えに背くものでした。
しかし、貧困者や病人にも手を差し伸べる慈愛に満ちたキリストの教えは、瞬く間に民衆の心を掴みます。

これに良くない顔をしたのが、ユダヤ教の権力者達です。
民衆が自分たちに歯向かうようになると困るため、当時ユダヤ人の土地を植民地としていたローマ帝国も巻き込んで、なんとかしてキリストを捕らえようと画策を始めました。

2.エルサレムへ

宣教活動を開始して三年ほど経った頃、キリストは12人の弟子を引き連れて、世界最古の都市のひとつと言われているエルサレムへ向かいました。
ユダヤ教最大のお祭りである「過越祭(すぎこしさい)」に参加するためです。

聖書の一説によると、キリストはエルサレムへの道中、弟子達に

「自分はエルサレムで長老や司祭長(権力者)達に苦しめられ、処刑され、その後三日目に蘇るだろう」

とあらかじめ三度も予告していたそうです。
もし私が弟子だったら、「先生その話三度目ですよ笑」などと言ってしまいそうなものですが、本物の弟子達は真面目に、エルサレムへ行くのを引き留めようとしました。
しかしキリストは、「人々の罪を背負って死ぬ」という、神の子の使命を完遂するために、逃げることなくあえて権力者たちの本拠地であるエルサレムへと足を運びました。

3.民衆の期待

キリストがエルサレムへ到着すると、お祭りのために集結していたユダヤ人達は歓声を上げて迎え入れました。
宣教開始当初はその慈愛の心に助けられていた民衆でしたが、キリストが見せる数々の奇跡を目の当たりにし、その内「キリストは自分たちをローマ帝国の支配から解放してくれる救い主だ!」と期待するようになったのです。
そして、ローマ帝国の権力者も多く集まる過越祭にキリストが現れた事で、その期待は確信へと変わり、大きな歓声となりました。

ところが、到着したキリストは民衆を統率するリーダーになってくれる訳でもなく、相変わらず愛と平和を説き、一向にローマ帝国への反乱を起こす気配が無かったため、民衆の過大な期待は外れることとなってしまったのです。

4.最後の晩餐と弟子の裏切り

ユダヤ教の権力者達は、白昼堂々キリストを逮捕して民衆が暴動を起こすのを恐れたため、キリストの弟子の一人であるユダに賄賂を渡し、夜間にキリストの居所を伝えるよう命じました。

そして運命の日。
キリストは弟子達と過越の晩餐を共にし、ここでパンを「私の身体」、ワインを「私の血」として弟子たちと分かち合いました。
その後、「ゲッセマネの園」という場所で神に苦悩の祈りを捧げているところに、ユダの手引きによってユダヤの神殿警備兵やローマ帝国の兵士達が押し寄せ、キリストは「ユダヤ教への冒涜罪」及び「国家反逆罪」の罪で捕らえられたのです。

5.処刑と復活

翌未明から早朝にかけて、キリストの裁判が行われました。
本来であればどう考えても無罪とされるべき状況でしたが、ユダヤ教の権力者がサクラを用意していた事や、特にキリストへの失望が強く、暴徒化した民衆ばかりが集められた事により、死刑が決定してしまいます。

そして同日の午後、キリストは「ゴルゴタの丘」で磔にされ、息を引き取りました。
キリストの遺体を葬った墓は大きな岩で塞がれ、弟子達が掘り起こさないよう、ローマ兵の見張りがつけられました。

悲しみに暮れる弟子達でしたが、処刑の翌日はユダヤ教の「安息日」だったため、外出ができませんでした。
さらに翌日、安息日が明けて弟子達が墓へ向かうと、墓を塞いでいた巨石が転がされており、中にキリストの遺体がありません。
弟子達が不思議に思っていると、そこに天使が現れ、
「なぜ生きている方を死人の中に探すのか。あの方はここにはおられない。蘇られたのだ。」
と告げます。

その後、実際に復活したキリストが弟子達の前に現れ、幽霊と疑う弟子達に十字架の傷跡を見せたり、一緒に食事を摂ったりして本物であることを証明しました。
実に不思議な奇跡でしたが、これにより弟子達はキリストの復活を信じ、悲しみは歓喜へと変わったのです。

6.復活祭

キリストは復活後、40日に渡って何度も弟子達の前に現れ、彼らに「世界中に行って、すべての人に私の教えを広めなさい」という使命を与えました。
そして復活から40日目に、エルサレムの近くにある「オリーブ山」で、弟子達に見守られながら昇天しました。

このような壮大なドラマを経て、キリスト教が生まれ、キリストが復活した日は「死に対する勝利」「人類の罪の救済」を意味する重要な日と定められ、毎年「復活祭」として祝われるようになりました。


改めて見ると、「死に対する勝利」「人類の罪の救済」って、日本人からすると結構すごい事言ってますよね。
私の勝手な想像ですが、キリスト教の方々も結構すごい事言ってる自覚があるのではないかと思います。
だからこそ、復活祭は盛大かつ厳かなもので、私達が演奏する「エルサレム讃歌」も、その偉大さを物語っているように感じます。

ちなみに、エルサレム讃歌の題材となった聖歌は、7世紀頃にアルメニア地方で作られたもので、この聖歌自体は主に
「エルサレムよ、主をたたえよ!キリストは死より復活された!」
といったことを厳かに歌うものですが、リードはこの歓喜を単に吹奏楽曲で表現するのではなく、日々の静かな祈りといった部分も落とし込んで、メリハリのある楽曲に仕上げました。
また、アルメニアは中東に位置する国なので、ちょっとオリエンタルなメロディーも聴きどころです。

それでは、長くなりましたが今回もここまでお読み頂き、ありがとうございました!
個人的には本番までにあと一回更新したいんですが、果たしてこのボリューム感で間に合うのでしょうか?

また次回(^-^)


藤沢ウィスタリア ウインドオーケストラ
第27回定期演奏会

♪日時♪
 2026年9月27日(日)
 開場 13:00
 開演 13:30

♪場所♪
 湘南台文化センター市民シアター

♪演奏曲♪
 A.Reed/エルサレム讃歌
 J.Horner/タイタニック メドレー
 S.Schwartz/Selection from WICKED 他

♪アンサンブルのお知らせ♪
開演前にサックス、休憩時にトロンボーンが、ホールにてアンサンブル演奏をします(^-^)
よろしければ少しお早めにお越しください♪